頭痛だけでなく胸の詰まりや肩こりの根本原因に気づき改善した方法 その2 人に話しかける時にタイミングや機嫌を伺わなくてもいい
自宅のすぐそばに公園があるのですが、外で騒ぐ子供達の叫び声がうるさいと思うと同時に無邪気でいいなと羨ましいと思う気持ち、そして私も叫びたいと思っていました。
それだけなら良かったのですが、夏休みに入ったからなのか、音楽を大音量でかける別のグループが遊ぶようになったのか、今までかかっていなかった音楽が聞こえてきて、うるさく感じてストレスになっていました。
外で遊んでいる子供たちはすぐには帰らないし、音楽も止まないのでその間我慢して過ごさなければならない…とノイローゼになりそうでした。
けれども、うるさいと思うのは私、一方で音楽を聴いている人たちはその音楽が心地よいと思っている。
なぜだろう?とずっと考えていると、
情報を入れたくない
と出てきました。
最近、特にものすごく頭が痛い…。
ネットのしすぎで情報過多になっている?
ちょっとしたことですぐに過去のことを思い出すけれども、過ぎ去った過去の情報も必要ないのに思い出してしまう。
どうすれば断ち切ることができるんだろう?
どうすれば情報を入れずに済むんだろう?
と考えていると…。
穏やかな人は、私にとってはうるさいと思う音楽もなぜ穏やかに聴けるのだろう?
穏やかになれる原石の姫川薬石のことを思い出し、姫川薬石の波動を痛い頭の中に入れるイメージをしているうちにどんどん気づきが出てきました。
常に頭が過去の出来事にアクセスしたり、外の環境の空気を読むことをしていることに気づき、どうすればそれを止めることができるのだろうと思っていると…。
就職してからは常に先輩や上司に質問するタイミングを計っていました。
相手がこう言った時はこう話そうと質問をする前に何度も何度もシミュレーションしていたのですが、 実際に質問してみると自分がシミュレーションした内容とは全然違ったり、途中で遮られたりと言いたかった言葉、出せなかった言葉が胸に蓄積していたことに気づきました。
学生時代は友達がなかなかできず、なんとか入ったグループ内でうまく話せない、言いたいことをすぐに言えない。
この人が話が終わるタイミングでこれを言おうと思っても、グループ内での話はどんどん進んで行って私が言いたかった言葉、出したかった言葉は不完全燃焼…。
その繰り返しで胸に溜まっていたことに気づきました。
周りの空気を常に読みすぎて、気を遣いすぎていました。
気を遣うということはエネルギーを遣うこと、自分の心や魂、体を消耗し、命を消耗していたことにも気づきました。
幼い頃仲間外れにされたこともあって、常にどのようにすればグループに入れてもらえるのかということを考えていました。
友達がいないと白い目で見られるという雰囲気の学生時代だったので、無理やりグループに入った感じで、皆が話す内容に対して面白くないと思いながらも、どうすれば私に興味を持ってもらえるのだろうとも思っていました。
この人はこういうことに興味があるからこのような話をした方がいいとか、常に相手に合わせていたことにも気づきました。
自分ではうまく話せないから不器用だと思っていたけど、この人にはこういうタイミングで話しかけた方がいいとか常に機嫌を伺って話しかけるという、ものすごく器用なことをしていたことにも気づきました。
もう人に話しかける時にタイミングを伺わなくてもいいし、機嫌を伺わなくてもいい。
最近ずっと胸が苦しいと思っていたけれども、何十年も不完全燃焼 だった言葉やエネルギーが蓄積されて詰まっていたことにも気づき、少しずつその重いエネルギーを出すイメージをしていると、肺の空気が左回りにくるくると回り出して軽くなり、胸の詰まりが取れて、胸の苦しみが取れていくのを感じました。
最近深呼吸をしても胸がずっと苦しかったのは、この重いエネルギーが出たがっていたのだということに気づきました。
言いたいことを言えずに飲み込んでしまう癖があるので、胸が詰まって肩が凝ってしまう。
これからはとっさに言う練習をすることで別の脳を作っていけば良いのかなと思えてきました。